「人生は不平等だ」と嘆く前に、あなたは何をした?|高校生とのSDGs談義
先日、Garage Gym HIKYOに来ている高校生と、ちょっと面白い話になりました。
きっかけは、学校の課題についての何気ない会話。
高校生:「学校でSDGsについてグループで調べなきゃいけないんですよね」
僕:「へぇ〜、どんなこと調べるの?」
高校生:「貧困をなくそうとか、不平等をなくそうとか、そういうやつです」
僕:「なるほどね〜」
高校生:「でも、2030年までに貧困とか不平等をなくすって、無理じゃないですか?笑」
僕:「まあ、全部なくすのは難しいよね。笑」
そこから、少し変わった人生の話になりました。
目次
そもそも、平等って何だろう?
僕:「でもさ、平等って、もうすでにみんなに与えられているものもあるよね?」
高校生:「え、何ですか?」
僕:「時間だよ」
高校生:「時間?」
僕:「そう。1日は誰にとっても24時間じゃん。僕だけ1日30時間あるわけでもないし、君だけ1日15時間しかないわけでもない」
高校生:「まあ、確かにそうですね」
僕:「でも、その24時間を何に使うかは人によって全然違うよね?」
勉強する人もいれば、ゲームをする人もいる。
運動する人もいれば、スマホを見て一日を終える人もいる。
新しいことに挑戦する人もいれば、何もしない人もいる。
同じ24時間でも、その使い方によって、1年後、5年後、10年後の人生は大きく変わる。
もちろん、家庭環境や健康状態によって自由に使える時間は違います。
それでも、自分に使える時間をどう活用するか。
ここには、自分自身で選択できる部分があると思うんです。
人生は、与えられた条件で攻略するゲーム
僕:「例えばさ、生まれる場所とか、親とか、遺伝子とかって、自分で選べないじゃん?」
高校生:「そうですね」
僕:「身長だって、運動神経だって、家庭の経済状況だって、人それぞれ違うよね」
高校生:「はい」
僕:「でもさ、それってゲームの初期設定みたいなものだと思わない?」
生まれながらに恵まれた環境にいる人もいる。
反対に、厳しい環境からスタートする人もいる。
だから、スタート地点まで全員同じだとは思いません。
ただ、僕が大切だと思うのは、そこから先。
自分に与えられた条件を理解して、その条件の中でどう成長していくか。
身長が低いから勝てない。
才能がないから成功できない。
お金がないから勉強できない。
確かに、不利な条件は存在します。
でも、不利な条件があることと、何もできないことは同じではありません。
今ある条件の中で、何ができるのか。
足りないものをどう補うのか。
自分の強みをどう生かすのか。
僕は、そこを考えることに人生の面白さがあると思っています。
機会は、与えられるのを待つだけのものじゃない
僕:「例えば、誰かがすごいチャンスをもらっていたら、どう思う?」
高校生:「羨ましいとは思いますね」
僕:「だよね。でも、その人がチャンスをもらうまでに何をしてきたかって、外からはわからないじゃん?」
高校生:「確かに」
僕:「じゃあ、自分はそのチャンスを得るために何か行動したのかって話なんだよね」
誰かに声をかけたのか。
自分から勉強したのか。
失敗するかもしれないけど挑戦したのか。
自分の能力を高める努力をしたのか。
もちろん、世の中には本人の努力だけでは乗り越えられない壁もあります。
だから、社会が不平等を減らそうとすることには意味がある。
でも、それと同時に僕が思うのは、
「機会がない」と嘆く前に、自分から機会をつくる努力はしたのか?
ということ。
誰かを羨んでいる時間があるなら、その時間で本を一冊読めるかもしれない。
誰かの成功に嫉妬している時間があるなら、その人が何をしてきたのかを学べるかもしれない。
他人の人生を見ているだけでは、自分の人生は前に進まないんですよね。
福沢諭吉の『学問のすゝめ』も、似たことを教えてくれる
僕:「福沢諭吉の『学問のすゝめ』って知ってる?」
高校生:「名前は知ってます」
僕:「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』って有名な言葉があるじゃん?」
高校生:「ああ、ありますね」
僕:「でも、あれって『人間はみんな平等です』って話だけじゃないんだよ」
『学問のすゝめ』では、生まれながらに人間の身分に上下があるわけではないと述べたうえで、現実には貧富や立場に大きな違いがあることを取り上げています。
そして、その違いを生み出す重要なものとして、学ぶことの大切さを説いているんです。
つまり、学ぶことで自分の可能性を広げ、自立して生きることが大切だという考え方です。
僕は、この考え方がすごく好きです。
勉強って、テストで100点を取るためだけにするものじゃない。
自分の知らなかった世界を知ること。
自分にできなかったことを、できるようにすること。
そして、自分の人生で選べる選択肢を増やすこと。
そのために学ぶんだと思っています。
不平等をなくすことと、自分の人生を変えることは別の話
ここで誤解してほしくないのは、僕はSDGsの取り組み自体を否定したいわけではないということ。
差別によって教育を受けられない人がいる。
貧困によって挑戦する機会を奪われている人がいる。
そうした問題を改善することは、当然大切です。
ただ、僕が高校生に伝えたかったのは、そこではありません。
社会が変わるのを待つことと、自分の人生を変えることは、別の話だということ。
社会に問題があるからといって、自分が何もしなくていい理由にはならない。
逆に、努力しても変えられない問題があるからこそ、社会の仕組みを変えることにも意味がある。
この二つは、対立する考え方ではないと思っています。
あなたは今日の24時間を、何に使いましたか?
僕:「結局さ、今日という一日をどう使うかって、自分の人生をどう生きるかってことだと思うんだよね」
高校生:「なるほど」
僕:「だから、他人がどうとか、環境がどうとかを考えるのも大事だけど、それ以上に、自分は今日何をしたのかって考えた方がいいと思う」
僕自身も、毎日完璧に行動できているわけではありません。
サボる日もあるし、無駄な時間を使ってしまうこともあります。
でも、だからこそ考えたい。
今日という一日を、昨日より少しでも成長するために使えたのか。
誰かのせいにする前に、自分にできることを探したのか。
機会を待つだけではなく、自分から行動したのか。
人生は、最初から全員が同じ条件で始まるゲームではありません。
そして、努力すれば必ず報われるほど単純なものでもありません。
それでも、自分の行動によって変えられる未来があることも、また事実です。
だから僕は、不平等を嘆くことだけで人生を終わらせたくない。
与えられた条件の中で、学び、考え、行動して、自分の可能性を広げ続けたい。
そして、Garage Gym HIKYOに来てくれる子どもたちにも、そんな生き方をしてほしいと思っています。
「自分の人生を、誰かに決めてもらうな。」
今日の高校生との何気ない会話から、改めてそんなことを考えさせられました。
皆さんは、今日の24時間を何に使いましたか?
Garage Gym HIKYOでは、トレーニングや学習指導を通じて、身体の成長だけでなく、自分で考え、挑戦し、成長していく力を大切にしています。
参考資料
- 国際連合「SDGs Goal 10:各国内及び各国間の不平等を是正する」
https://sdgs.un.org/goals/goal10 - 福沢諭吉・小幡篤次郎『学問のすゝめ』初編(1872年)
https://ja.wikisource.org/wiki/学問のすすめ_(初編) - 玉川大学教育博物館『学問のすゝめ』資料解説
https://www.tamagawa.ac.jp/museum/archive/1994/047.html